1.5.4 天動説の再来

 こうしてみていくと、相対論と天動説は、非常に多くの共通点を持っていることがわか
るだろう。
 まず、半演繹的半帰納的論法という点で、相対論は天動説と同じ作られ方をしている。
天動説の場合も、まず『地球が宇宙の中心であり、天の方が動いている』という原理と、
『天体の軌道は、真円(の組み合わせ)である』という原理が、でっち上げられ、理論の
骨格が作られる。次に、観測事実をもとに『導円』さらには『周転円』が決められる。こ
うして、観測事実とピタリ一致する理論が出来上がる。
 『へこんだシート』すなわち『曲がった時空』に沿って進むという考え方も、天動説の
『導円』や『周転円』の考え方と同じだ。
 相対論は、近接作用を絶対視する理論だが、これは人間の感覚(肉眼で見える自然観)
を過信するところから来ている。この点も、肉眼で捕らえた天の様子を過信する天動説の
態度と同じだ。つまり、特定のスケールでしか物事を見ようとしない態度である。ガリレ
イは望遠鏡を使って、木星とその惑星の動きを観測した。そしてそこから、大きな星(木
星)のまわりを小さな星(衛星)が回るということが、宇宙の常識であることを悟った。
そしてこのことが、彼を地動説(大きな星である太陽のまわりを小さな星である地球が回
っているという考え方)に向かわせたのだ。望遠鏡は、宇宙を肉眼とは異なるスケールで
見ることのできる道具である。だが、ガリレイを攻撃した人たちは、決して望遠鏡を覗こ
うとはしなかった。彼らは、あくまで肉眼という特定のスケールでしか宇宙を見ようとは
しなかったのである。
 相対論は、場の実在性を前提とする理論だ。だが、場は実在しない。それは、単位量あ
たりに働く力にすぎない。天動説における『導円』や『周転円』も、実在しないものだ。
このように、実在しないものに依存するという点でも、両者はそっくりである。
 加えて、宗教を味方するという点でも、同じだ。相対論の光中心の考え方は、西洋のキ
リスト教文化にマッチしたものだ。
 ちなみに、相対論に『無からの創造』という西洋のキリスト教思想を掛け合わせて作ら
れたのが、『ビッグバン理論』である。ビッグバン理論は、まさに究極の疑似科学なので
ある!
 ついでながら、現代物理学のもう一本の柱に量子論・量子力学があるが、こちらも、実
は、半演繹的半帰納的論法によって作られた理論なのである。こちらは、『(サイコロ)
占い』の要素を科学の中に持ち込んでいる。
 相対論と量子力学は、互いに補完し合う関係にある。疑似科学は疑似科学を生み出し、
また疑似科学によって支えられるのである。

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