1.2.2 いい加減な解析


 さて、マイケルソンたちがエーテル流(による光速度の変化)の検出に失敗したことは、エーテルの存在を確信していた当時の科学者たちにとって、まったく受け入れがたいことだった。そこで、ローレンツは、マイケルソンたちがエーテル流の検出に失敗したのは、彼らの解析法に誤りがあったからだとした。
 実を言うと、マイケルソンたちは、エーテルに垂直な方向に往復する光の速度は、エーテル流の影響を受けないとしていた。つまり、所要時間t2を、

  t2 = 2L/c

として計算していたのである。これは今日定説とされている値と異なっている。この値だと、所要時間の差が今日の定説よりも大きな値になってしまう。
 今日定説とされている値は、この時、ローレンツによって提唱されたものだったのである。彼は、自説について次のように釈明した。
「船が川を垂直に横切って対岸に渡る時のことを考えよう。もし、船の舳先を目的地の方に向けたならば、船は目的地よりも下流に流されてしまうだろう。したがって、船が目的地に着くためには、舳先を上流の方へ斜めに向かわせなければならない。このため、川を真っ直ぐ横切るときよりも時間がかかるはずである。」
 これが、先にも述べた今日定説とされているt2の値の根拠である。 いずれにせよ、マイケルソンたちの実験装置は、誤った大きい値を検出する程度の感度(あるいは精度)しかなかったため、エーテル流の検出に失敗したのだ、とローレンツは主張した。
 ローレンツの指摘を受けて、マイケルソンたちは正しい(?)小さな値を検出できる装置を使って実験を行った。そして、それでもなおエーテル流による光速度の変化は検出されなかったのである。万策尽きたローレンツは、ついに抵抗をあきらめ、ローレンツ圧縮という荒唐無稽なアイデアを提唱したのだった。(そして、この提唱者自身でさえ全く懐疑的だった馬鹿げたアイデアに飛びついたのが、素人科学者アインシュタインだったのである。)

 以上の歴史的経緯を見ると、少なくとも二つの疑問が浮かび上がってくる。
 一つは、マイケルソンたちが当初(ローレンツに指摘されるまで)、エーテル流に垂直な方向について、エーテル流の影響を考慮していなかったことである。もし、今日定説となっているローレンツの値が正しいというのなら、なぜマイケルソンたちはこんな単純な(中学生でもわかるような)間違いに気付かなかったのだろうか? マイケルソンたちの学力は、中学生以下だったのか?
 もう一つの疑問は、ローレンツの主張する光の進む向きである。ローレンツは、川の流れを横切ろうとする船が舳先を上流の方へ向けるように、光もエーテル流の上流の方に向かおうとする、としている。だが、光は本当にそういう性格を持つものなのか? その理論的根拠はどこにあるのか? 光には(ローレンツが望んだように)上流の方へ向かおうとする意志があるとでも言うのか?
 こうしてみると、ローレンツの主張、すなわち今日の定説は、全く胡散臭いものであることに気付くだろう。

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