青森ねぶた祭
概要
国の重要無形文化財に指定されている日本一の火祭りねぶた祭りは青森市最大のイベントです。
浅虫海岸の花火大会とアスパム前での前夜祭を皮切りに、毎年8月2日~7日開催、この間に訪れる観光客は、380万人以上に及びます。
世界三大火祭りの一つ、津軽の火祭り「青森ねぶた祭」が「ラッセラーラッセラー」のかけ声とともに開催されます。
起源・語源
享保年間(1716~36)に行われたと言う記録が残っているものの正確な起源は今もって不明です。
当時は現在のような大きなものではなく、歴史とともに照明はろうそくから電気へ、骨組みは竹から針金へと変化、これに伴い大正以降急激に大きさも巨大化し造形も細かな複雑な形へと変化していきました。
「ねぶた」の起源には諸説あり、禊祓いに由来するという説が現在では有力です。 「眠り流し」や「七夕」、「盆」等、様々なものから影響を受けて現在のようになったと考えられていますが、他に、坂上田村麻呂が征夷大将軍として東北に遠征した際に、大灯籠や笛・太鼓で敵をおびき寄せたのが起源とする説や、津軽藩の藩祖・津軽為信が盂蘭盆会に大灯籠を作ったのに始まるとする説等あります。
その中でも最もよく一般に知られているのが田村麻呂伝説です。
「今から一千余年前の平安時代、蝦夷地平定のため津軽に征夷大将軍坂上田村麻呂が来た。この時、雲谷(もや)の地には蝦夷の女首領阿屋須(あやす)と弟の屯慶がいて、激しく田村麻呂に抵抗をした。容易に屈しない蝦夷の人々をおびき出すために人形を作り囃し立ておびき出し、ようやく平定を果たした。」
これは女首領の名から別名オヤス伝説とも呼ばれます。
しかしながら最初に述べたとおり、そのさらに以前の記録も残っていることから、既にあった津軽のねぶたをまねて利用したものではないかとも言われています。
そのほかにも、江戸時代多くの地域で行われていた「ねむり流し」がその起源だと言う説。
室町時代に津軽の藩祖為信公が京都で大灯籠をくりだして運行したのが始まりだと言う説。
全国に伝わる禊ぎの行事「七夕」の灯籠流し変化したものだと言う説。
等々諸説入り乱れています。
「ねぶた」の語源にも諸説ありますが、「眠(ねぶ)たし」、「合歓木(ねむのき)」、「七夕(たなばた)」「当時の蝦夷の人々のアイヌ語の『ネプタン(あれは何だ)』」などに由来する説があります。
