…そして、1時間後。

知世の指導を受け、
何とかケーキを焼き上げたさくらは、
クリームやイチゴなど最後の飾り付けを終えた瞬間、
笑顔満面、嬉しそうに声を上げた。

「出来た!!」


『HAPPY BIRTHDAY』と
中央にチョコレートで描かれたケーキは、
中々の仕上がり具合を見せている。





「ところで、このケーキ、なんで小僧にあげるんや?」

と、喜び一杯の気持ちに水を差すが如く、
ケロちゃん用として別に作った
小さなケーキを口に頬張りながら、
ケロちゃんがそうニコニコと笑顔一杯で
さくらに尋ねてきた。


今更…の質問に、
さくらはカクッと肩を落としつつ答える。

「今日、小狼君の誕生日なんだよ」

「なんや、あの小僧も、ようやく一つ年が取れたんか。
でも、わいに比べたら、まだまだずーっと年下やけどな」

「…もー、ケロちゃんったら…」

説明するさくらに、
ケロちゃんは、さも興味なさそーに言い放ち、
再び、『そんなことはどうでもいい』
とばかりにケーキを頬張り始める。

自分から聞いてきたくせに…と、
さくらは非難めいた視線を向けるが、
すぐに、ケロちゃんは小狼君と仲が良い…
とは余り言えないから仕方ないかと息を吐くと、
気を取り直し、くるりと笑顔で
知世のほうに向き直り口を開いた。

「じゃあ、知世ちゃん。
ケーキを小狼くん家まで持っていこっ!」

「ええ」

知世はニッコリと笑顔で頷く。


…が、一拍の間の後、
『あっ』と何かに気づいたように小さく声をあげ、
その声が耳に届いたさくらは、
ケーキを箱に入れる手を途中でピタリと止め、
不思議そうな表情で知世のほうに顔を上げた。


「どしたの? 知世ちゃん」

「忘れるところでしたわ。さくらちゃん、
これにお着替えになってくださいな」

一瞬だが自分の失念を悔やむような表情を見せた後、
嬉しそうな顔で、どこから出したのか
さくらの前に、一着のワンピースを掲げて見せる。


「と、知世ちゃん…」

一体いつのまに…との疑問が、
大汗の粒が流れるさくらの頭を襲うが、
そういえばケーキを作っている最中、
途中でどこかに電話してたっけと、
その場面を思い起こし、
それは『今日は少し帰りが遅くなる』との連絡だと思った…
いや、無論それもあっただろうが、
それだけではなく自分用に作った服も持ってきてくれるよう
頼んだのだということも悟り、
次の瞬間、『ほえ…』と困った笑みを顔に浮かべながら、
それでも、一応…理由を尋ねてみた。


「な、なんで着替えなくっちゃいけないのかな?…」

しかも、知世ちゃん、お手製の服を…

そう言いたげな顔で訴える。

「あら、だって今日は、
『さくらちゃん、李君のお誕生日を祝う日』ですもの。
これは正真正銘、特別な日!
やっぱり特別な日には、それなりの格好をすべきですわ!!」

返ってきた言葉は、
やっぱり自分が予想した通りのもの。

目を輝かせながら以前にも聞いたような台詞を
キッパリと言い切る知世に、
さくらの表情が、益々『……』となる。

そして、いつのまにか、
ちゃっかりと片手にビデオを握り締めている姿に、
「はにゃ…」と観念したように肩を落とし
覚悟?を決めた。


「…それに、そのほうがきっと、
李君も喜ばれると思いますから…」

「ほえ?」

知世の手から服を受け取ったさくらは、
その時ポツリ、と呟くように言った
知世の声が聞き取れず、
キョトン…と知世を見る。が。


「何でもありませんわ」

知世は微笑むだけで、その後は何も言わず、
さくらは『??』となりながらも
知世が作った服に着替え始めた。



ちなみにケロちゃんはというと、
2人の会話には全く耳を傾けておらず、
幸せそ〜な顔でケーキを口一杯に頬張っていた……











その頃、家に帰った小狼は、
ポストに入っていた母からの
バースディカードを手に見ながら、
校門でのさくらとの会話を思い返していた。


(…あいつはあいつなりに、
気を遣って言ってくれただけだったのに、な…)

自分が断った時の
さくらの悲しそうな顔が頭に思い浮かぶ。

瞬時、自責の念に刈られ、

(明日は──)

ちゃんと謝っておこう、
とカードをパサリ、と机の上に置いた、

──その時。


『ピンポーン』

玄関のチャイムが鳴った。

「はい」

小狼はガチャリと来客対応用の受話器を手に取る。

その瞬間、パッと家を訪れた人物の姿が
受話器の横にあるモニターに映し出された。

「よかった! 小狼君、家にいてくれた!」

「さ、さくら!?」

現れたさくらの姿に、
小狼はギョッと驚きの声をあげる。
──ボッ!と顔を火照らせながら。


「な、なんで、ここに…」

突然のさくらの訪問に動揺しつつ
玄関のドアを開けた小狼は、そこで再び頬を紅色に染め、
その場で凝固したように動きを止めてしまった。


「あ…」

目の前に佇んでいるのは、
真っ白いブラウスの上に
ピンクのスカートを重ねているように見える、
ワンピース姿のさくら。

胸元の赤いリボンと袖口にあるピンクのリボン、
そしてピンクのスカートの下に見える
白いフリルが何とも可愛らしく…
また、ピンクの帽子や赤い靴も
ワンピースとお揃いになっていて、
全体的な可愛らしさを引き立てている。



「小狼君、誕生日、おめでとう!!」

暫し、ボーッとさくらに見取れていた小狼は、
さくらの声と、すっと目の前に差し出された箱に、
ハッと我に返ったように意識を現実に戻し、
慌てたように口を開いた。


「な、なんの用だ?」

赤く染まった顔を隠すように口調が素っ気無くなる。

どうやら、さくらの容姿の余りの可愛らしさに
意識が集中していたため、
先のさくらの言葉が耳に届かなかったようだ。

また、視線もさくらではなく、
横に逸らすように泳がせているため、
目の前の箱が視界に入っていない。


「ですから、李君の誕生日を祝いに来たのですわ」

小狼の問いかけに答えたのは、
後ろから、ゆっくりと姿を現した知世だった。

知世を視界に収めた小狼は、
成程、さくらが今着ている服は
彼女が作ったものかと納得し、また同時に、
その台詞と自分に向けられた微笑みから何となーく…
みょーに意味深なものを感じてしまい、
『…!』と顔を赤く染めたまま知世から視線を外した。


「誕生日って…おれのか?」

一拍の間の後、ようやく落ち着きを取り戻し、
半分信じられないような…
バツが悪そうな表情で尋ねる。

先刻、あんなに冷たい態度を
取ってしまったのにも関わらず、
わざわざ自分のために…?と、
そんな思いを含みながら。


「? そだよ。
だって今日が小狼君の誕生日なんだよね」

さくらはキョトン、と目を丸くし、
小狼の問いかけに肯定を返した。

先程、そう聞いたと思ったけれど、
聞き間違いだっただろうか?
こちらはそんな雰囲気で。


けれどすぐに表情を曇らせ、

「その…さっきは、ごめんね。
もうちょっと早くに聞けば良かったよね。
…でも、みんな集まってのお誕生会は出来なかったけど、
私、知世ちゃんと一緒にケーキを作ってきたんだ。
2人だけだけど、小狼君の誕生日を祝おうと思って」

声を濁して謝罪する。

が、それも一瞬で、
次の瞬間には顔をあげて笑顔一杯に
小狼の前に再度、ケーキが入っている箱を差し出した。


「そ、そんなこと…、
お、おれのほうこそ……あ、ありがとう…」

その台詞と笑顔に、
小狼は再び(三度?)かあああっと顔を赤くし、
謝るのは自分のほうなのに…と言葉を詰まらせるが、
にっこりと自分に微笑みかけてくれるさくらに、
素直に礼を述べ、さくらの手から箱を受け取った。



とってもいい雰囲気の、和やかな光景。

──を撮影している人物が1人。


何やら視線を感じた小狼が振り向くと、
そこにはビデオを片手に、うっとりと嬉しそうな顔で
今のシーンを撮影している知世の姿があり…


「素晴らしいですわ〜」

「と、知世ちゃん…」

小狼に続いて撮影に気がついたさくらは、
大汗を額に流しつつ知世の顔を見る。

小狼も同じく、
…ただし、こちらは、わたわたと慌てふためき、
ケーキを手に、急いで部屋の中へと
入っていったけれど。





とまあ、そういう経緯を経て、
さくらと知世の2人は、小狼の家で、
ささやかながら小狼のお誕生会を開いた。


夕食の材料を買いに外に出るつもりだった小狼は、
代わりに用意してくれた
さくらと知世お手製の料理を食べることになり、
さくらは桃矢の作ってくれたオムレツを持参し、
それも一緒にテーブルに置いて、
いつもは1人で夕食を取る小狼のダイニング・ルームは、
今日は随分と賑やかになった。


「う、上手いぞ、このケーキ…」

自分に切ってくれたケーキの1ピースを口に運び、
頬を紅く染めながら小狼は、
ポツリ…と呟くように声を零す。


「…ありがと」

小さい声だったけれど、
小狼の称讃の言葉が耳に届いたさくらは、
にっこりと微笑んで、小狼にお礼を述べた。

その笑顔に、小狼の顔が更に赤くなる。


知世は、そんな2人のやりとりを、
にこにこと笑顔で見つめていた。




そして、時は過ぎ、時刻が7時15分を少し回った頃。

(そろそろかな…)

チラリと時計に目をやったさくらは、
次に窓の外に視線を向け、
『よしっ!』と何やら決意を込めた表情で、
椅子から立ち上がった後、
くるりと小狼のほうへ顔を向けた。


「小狼君、今日、急だったから、
小狼君への誕生日プレゼント、
用意できなかったんだけど…
代わりに、小狼君に見せたいものがあるの」

「み、見せたいもの…?」

突然の、唐突な台詞に驚きつつも、
自分のためにケーキを作って
祝ってくれただけでも充分なのに、
その他に何を…?と、
小狼は不思議そうな表情を向けるけれど。


「ここからじゃ、人目についちゃうから…公園に行こ!」

「あ、ああ」

疑問に対する答えになってはいないが、
そう促すように、にっこりと微笑みかけるさくらに、
思わずコクリと頷き、椅子から立ち上がって、
さくらの後に続く形で外に出た。